復刻カブトビール 明治&大正

ビールのセットをいただきました。

明治31年から昭和18年まで販売された、「カブトビール」。
半田赤レンガ建物(愛知県半田市)の保存活動を行う赤煉瓦倶楽部半田の企画により、
復刻発売されたものだそうです。
IMG_7511.jpeg
『復刻明治・大正カブトビール ビアグラスセット』
左:大正 右:明治 箱の中:グラス

IMG_7799.jpeg
1900年当時の五大ビール…
エビス(東京),アサヒ(大阪),キリン(横浜),サッポロ(札幌),カブト(半田)?

IMG_7512.jpeg
復刻版は、知多麦酒(株)(南知多町)による製造

<明治カブトビールの特徴>
ワインに近い味わいのラガー 本格ドイツビール(赤ビール)
アルコール7%
赤褐色
ホップが現在の2倍 (苦味が強い)
麦汁糖度が高く、色が濃い
炭酸が現在のビールより30%少ない 
<大正カブトビールの特徴>
麦の味わいが香ばしく、古き良き時代を思わせるクラシックラガー
アルコール5%
淡帯褐色透明 (淡い琥珀色)
麦汁糖度が高く、芳醇な香味
炭酸が現在のビールより少ない
(※赤煉瓦倶楽部半田HPより抜粋引用)

明治と大正、どちらからいただこうかな。。

IMG_7515.jpeg
1日目:大正カブトビールと復刻ビアグラス
2022.8.9

IMG_7555.jpeg
2日目:明治カブトビールと復刻ビアグラス
2022.8.14 (終戦記念日前日)

【カブトビールを飲んだ感想
お酒に強くなく 詳しくもない自分の感想はあまり参考にならないかもしれないけど、書きまーす。
現代のビールとよっぽど違うのかと身構えてしまったが、口にしてみると ビールそのもの。
違うとしたら、苦味がやや強いことと 炭酸が弱めなこと。
爽快さを求めてお風呂上がりとかに飲むより、料理と一緒にじっくり味わうのが向いている感じ。
その特徴は 大正明治どちらにも共通していたけど、明治のほうに (見た目同様)色濃く出ている。
あと、アルコール度数はそう高くないのに、しっかり酔いが回ったのには一寸驚いた。
“いいお酒を飲んで、いい酔い方ができた”という印象。大満足。
クール便で贈ってくれた友人に感謝!

IMG_7801.jpeg

半田へは 過去2回、2017年と2019年 それぞれ正月に行って泊まった。
2019年の時には赤レンガ建物見学を誘ってもらったんだけど、体調が良くなくて立ち寄れなかった。
だから次は、ぜひ建物を訪ねて、中にあるカフェで カレーでも食べながら飲みたいなぁ~)^o^(

[お店のメモ]
『カフェ&ビアホール Re-BRICK リブリック』(半田赤レンガ建物内)
10:00~17:00 (L.O. 16:30)
愛知県半田市榎下町8番地
0569-24-7031

IMG_7514.jpeg

IMG_7850-640.jpeg

<カブトビールについて
1889年(明治22年)5月 丸三麦酒醸造所から「丸三ビール」初出荷 (カブトビールのルーツ)
1898年(明治31年) カブトビール発売 (銘柄「丸三ビール」→「カブトビール」)
1900年(明治33年) パリ万博金賞受賞
1943年(昭和18年) 製造終了

丸三麦酒:カブトビールをつくった会社
1887年(明治20年)、中埜又左衛門(ミツカン4代目)と盛田善平(のちの敷島製パンPasco創業者)らにより半田町堀崎で創業
仕込釜は大阪に注文、原料の大麦は福岡,空瓶は東京から調達
幾度かの社名変更と合併…丸三麦酒醸造所1887→丸三麦酒1896.9.6→日本第一麦酒1906加富登麦酒1908日本麦酒鉱泉1922(三ツ矢サイダーの帝国鉱泉,日本製壜と合併・「ユニオンビール」発売)→大日本麦酒1933.7(アサヒ/サッポロ/エビスの大日本と合併)→戦後、アサヒとサッポロに分割1949.9

加富登麦酒株式会社の加武登麦酒。かぶとばくしゅ?
…ではなくて、「ビール」と読むんだそうです。知らなかった^^;

・復刻カブトビール・ 製造委託先:知多麦酒(南知多町)
2005年(平成17年)6月4~5日 復刻明治カブトビール発売 (3000本)(第4回半田赤レンガ建物特別公開時)
※2005年は、愛知万博開催・中部国際空港セントレア開港の年
2015年(平成27年)7月 復刻明治カブトビール常時販売開始 (半田赤レンガ建物常時公開開始時)
2016年(平成28年)7月 復刻大正カブトビール販売開始

<半田赤レンガ建物について>
愛知県半田市榎下町8番地
1898年(明治31年)10月31日 丸三麦酒のビール工場として竣工 (当時の半田町榎下)
ドイツビールの醸造開始 (この年、柄が「丸三ビール」から「カブトビール」となった)
・戦時中
1943年(昭和18年)12月 企業整備令適用により閉鎖(大日本麦酒半田工場)・カブトビール製造終了
1944年(昭和19年) 中島飛行機半田製作所(昭和18年発足)の衣糧倉庫となる
・戦後
1948年(昭和23年) 日本食品化工 コーンスターチ工場
1996年(平成8年) 半田市所有
2004年(平成16年)7月23日 国(文化庁)の登録有形文化財建造物となる
2015年(平成27年)7月18日 リニューアルオープン(耐震補強整備後) 常時公開開始

半田 戦時中の出来事>
軍需工場のあった半田は、昭和19年7月の空襲で大きな被害を受けた。
赤レンガ建物の壁には、機銃掃射の痕が今も残っている。
1944年12月7日(昭和19年) 東南海地震 震度6以上
1945年1月13日(昭和20年) 三河地震
1945年7月15日(昭和20年) 半田空襲 ※赤レンガ建物に機銃掃射痕が残っている
1945年7月24日(昭和20年) 半田空襲 中島飛行機半田製作所を主目的とする爆撃
中島飛行機半田製作所→戦後、富士産業半田製作所→愛知富士産業→現在は輸送機工業(スバルの子会社)

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

※※※参考リンク※※※
・半田赤レンガ建物
・赤煉瓦倶楽部半田 (カブトビールの歴史)
赤レンガ倶楽部半田 (同上)
・半田市ホームページ (半田赤レンガ建物/カブトビール)
・ブログ『カブトビール屋』 カブトビールの販売情報
・M&AONLINE 【半田赤レンガ建物】数奇な運命をたどる工場跡 産業遺産のM&A (2019/06/13)


関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント